はだ産婦人科クリニック【札幌市/西区・手稲区】無痛分娩にも対応

産科・婦人科・小児科(新生児)・麻酔科

羽田さん通信

いしかいし

2021年04月10日 | 未分類 | 

2021年4月10日 土曜日 晴れsmiley

気持ちより春の陽ざし降り注ぐ週末土曜日
昨日までの3日間は雪もちらつき、1か月ほど季節が巻き戻しされた感がありましたが、今日は春
もうすぐ桜の季節もやって来ます。

さて、世の中は新年度が始まり、当院も3月からの新メンバー2人をはじめ、みんな精力的に活動しています。
年度替わりといえば、まい毎年4月2日の早生まれを避けたいという妊婦さんの希望をできるだけ叶えることで、ちょっとだけあわただしくなる年度初めですが、今年は、ご希望の人は少なく、スムースな分娩計画ですごせました。

しかし!新年度の初日から分娩は産後出血と夜の帝王切開といつになく大変で・・・
その流れのまま突入した4月は今日までに帝王切開3件、お産も連日で大忙しです。
帝王切開なしで乗り切った3月とはうって変わってバタバタの毎日ですが、大変な出産の詳細については機会があったらどこかで書けたらなぁと思います。
今日も土曜日だけど当院のリピーターさん2人の分娩が進行中です

そんな、あわただしい日々だったのですが、久しぶりの医師会誌への原稿寄稿依頼があって、ちょっと作文したので、ここで原文のまま公開してみようと思います。
医師会誌では審査で没なんてことになるかもしれないので
一応「随筆」ということです。
お時間が許す方、読んでやってください
 

♪あ~あ~ あああああ~♪ IT社会の進化と人間の退化
 
先日田中邦衛さんが亡くなった(と発表があった)。
40代後半の私にとっては、小学校1年生の時に放送されたドラマ「北の国から」の主演で、頼りないけど芯が強い、優しいんだけど表現がへたくそなお父さん「黒板五郎」としてのイメージが田中さんと重なってしまい動かすことができない。
「北の国から」は当時、小学校から文部省で推薦する番組でチラシをもらった記憶がある。連ドラの時は、暗い映像で、子供にとっては訴えていることが難しいという感想を持った。
大人になって何度もビデオや再放送で見返したドラマは、昭和という日本が急成長を遂げた激動の時代で、便利になった現代社会と、社会から隔絶さえた黒板家の対比を通して、人間とは何か、家族とはどうあるべきか、便利さの追求は正しいのか?といった現代社会の副作用に対する問題点を投げかけられているように感じた。
令和になった今、昭和の「北の国」に戻ることは原始時代に戻るというくらいに社会が変わった。電気・水道がない生活などは想像さえできないし、どんなに山奥のポツンと1軒家でも水と電気とテレビ・インターネットくらいは備えている。世の中もネットがある日常が当たり前になり、学校や企業のお知らせにSNSやメールが必須とされ、お国も政策でスマートフォンを普及させようと、選択肢の外堀をうめてしまう。とにかくネットやスマホを使っていないと、世の中から「置いてけぼり」にされ、使わないにも勇気がいるのだ。(まさに「令和の黒板五郎」になれるかもしれない。)
そしてテレビを中心としたマスコミも偏った情報を垂れ流し、つい先ごろまでは「個性が大事」といっていた舌の先も乾かぬうちに、コロナ禍という絶好の機会を得て、マスコミとの反対意見を公にせず(時には攻撃さえ辞さない構えで)情報統制に躍起になっている(様に見える)。政治にしても、感染対策にしてもだ。
国がか、はたまた異なる闇の力がか、情報偏重の社会へ導いて、情報によって思想統制や人間性の破壊を目論んでいるのではないかと疑ってしまうのは私だけではないだろう。まるで戦時中か?と。
情報化社会で確かに便利にはなった。
しかし、人は苦労して、努力して、考えて生きていくことが人類の歴史の中で正道であったろう。その苦労や努力や思考を放棄し、「便利」の産物となった余った「時間」で情報を求め、その情報で自分自身を壊す方向へ進んでいる(人が多い)ように感じる。
産婦人科でいうなら妊婦が「ネットで食べちゃダメというものを食べてしまって、赤ちゃん大丈夫でしょうか?」と陰鬱な表情で受診してきたり、「テレビで○○食べたら安産になるって言うから食べ過ぎちゃいました」と丸々と太って登場したり・・・。
これらは、与えられた情報を鵜吞みにし、マニュアルやルールを欲しがり、考えることを辞めた結果の人間としての「退化」ではないだろうか?
40年も前から「北の国から」が訴えていた、「便利」すぎる世の中との決別が人間性とは何か、家族とは何かを見つめ直すきっかけになろうというメッセージ(と私は受け取っている)が、この令和の時代の「闇」から抜け出すヒントなのではないか。そんなことを田中邦衛さんの訃報を聞いて考えた。
自分が五郎の年齢を超えて、ドラマの上での五郎のように、しっかり考えて子供たちを導いている父親でいれているだろうかとも・・・。
ふと思いを巡らせ「北の国から」に三度のめりこむ。

最後まで拙文にお付き合いいただきありがとうございました

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